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 彼氏と一週間くらい音信不通です。最近仲が悪くて、喧嘩を発端に連絡がなくなった。感情的になったわたしが悪いのかなー、一人になりたいんだろうなー、と思っていたので静かにしていたけれど、友達の「意地を張り合ってるだけじゃない?」と、その他諸々の要因で様子伺いをしたけれど無視されているので、このままフェードアウトもあるかなあ、と思う。まあ、感情的になりやすい部分を直さなければ誰とも上手くいかない。母親に似ている。母親の感情的な部分を思い出して、ああ、一緒にいたくないなあと思った。そんな彼女嫌だな。仕方ないな。仕方ない。自分の隣に誰もいないことを自分に対して釈明するしかないのがとても悲しい。悲しいけど、悲しい時に一人だとつらくて仕方がないのでこの一週間ずっと友達といる。でもこの悲しいのを誰にも上手に説明できないし、誰も聞きたくないだろうし、誰かの反応に期待して落ち込むなら同じことを繰り返しているだけだなと思う。加島祥造の求めないを読んで、求めないって難しくて、求めないってすごくいいんだろうなと思った。求めないって苦しいけど、求めてなにも得られないよりずっといい。求められる方の苦痛も、求めて期待通りにいかない方の憤慨も、求めないことに比べてあまりに失うものが大きい。いつも機嫌よくいられたらいいのに。なくなるときは唐突で、それが悲しければ悲しいほど前に進まなきゃいけないんだと思う。前に別れたときはアメリカに短期留学しているときで、そばにずっとななこちゃんがいた。ななこちゃんは素敵な女の子で、可愛くて、みんなに求められていて、わたしの人生にはたまにそんな女の子が救いに来てくれることがある。でも誰もいない時もある。こんな風になれたらなあと前を向ける時もあるけど、今はまだ無理で、すごく無理してる。子供が欲しくないから別れなくちゃいけない気がしてたけど、そんなの関係なくいなくならなきゃいけなかったみたいだ。はっきりしないから、前みたいに前を向けないのかもしれない。いなくなってほしいと言われてそれを飲み込んで忘れるために前を向くのと、なにも言われないままいなくならなきゃいけないって自分で少しずつ理解していかなきゃいけないのとでは苦しさが違う。変わらないと傷つけるし、変わられなければ傷つくし、自由で嬉しいようでいて同じくらい悲しいことに捕らわれている。全然関係のない人生なのに。一つ言いたいのはなにも嫌いじゃないし傷つけたいわけでもないってこと。どこかを否定したいわけでも無理に変えたいわけでもない。でもきっと一緒にいるなかでそれを感じられなくて、感じさせることもできないなら、そんなことに意味はなくて、ただ刹那的なだけだ。いまからそう言ったって言われたって、どうにもならない。わたしの気持ちも相手の気持ちも変わるし、どんな風に変わるかはわからない。いまはさみしさで歪んで見えてるだけで、きっと時間がどうにかしてくれて、その時にわたしがどうしたいかなんていま考えたって仕方ない。恋愛回路って執着や依存で、それは本能からくる性的な依存や経済的な依存や精神的な依存で、女の子として生きてるから仕方ないことだ。お腹が空いたり、眠くなったり、自己有用感を感じたくなったりするのが、全部そこに通じてしまう。悲しいのがどれくらい続いてもいつか大丈夫になれるならそれでいい。悲しいってことは楽しかったってことで、帰りたくないって言ったって誰かに迷惑をかけるだけだし、相手も帰りたくなかったらまた遊ぼうねってなるけど、それがなければ察するしかない。早く大丈夫な日記を書けるといいなあ。美容院に行って髪の毛を染めた。おみくじにはたくさんいいことが書いてあって、きっと大丈夫だって何回も読み直してる。