読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

q

4/11

 わたしさみしいんだな。手に入った距離に入るとやっぱりこうなる。自分でコントロールできてないからだ。さみしいをコントロールできなくなって、何かを期待してる限りよくないままだ。電話が切れてもかかってこないままだ。こういう時自分で掛け直したところでそんなこと求めてない。じっと待ってる方がいいな。来なくてもいいし、来たら嬉しいけど、何しろ自分で行動することが自分のことを追い詰める時もある。今みたいに。自分と向き合うことを避け続けて、苦しむことをやめると、自分がどんな風でいたいかを見失ったり、自分が本当は何を欲しているのかを見誤ったりする。他人に満たして欲しくなってそれを要求するのは間違ったかたちなのに。些細なことで悲しくなったり嫌になったりするのも、やっぱりずっと同じものはないことを表面でしか受け入れられてないからだ。一昨日優しかったから、昨日はお話できたからって、ずっとそのままでいられない。もちろん仲が悪いのだって、変わり続ける。どんな方向に変わるかはわからないけど。とにかくわたしはすごくさみしいし、傷ついている。明日になったらほんの些細なことで、いまも考え事のほんの隙間では別のことを思っているけど、おやすみに対して相槌だけって何?みたいな、スタンプばっかだからわたしから電話かけたのに何?みたいな、切れたのに掛け直さないって何?みたいな、いろいろくだらない悲しいでいっぱいになってる。でもこんな時は死ぬほど疲れてたんだなって思って忘れる。優しくしてほしいときに優しくしてくれないとか、さみしいときに構ってくれないとか、そういうの、自分で自分の相手をしてあげるしかない。連絡しない理由ができたことにほっとしてもいるくせに。「疲れてたみたいだから」って、たぶんわたしは言うだろうな。

 自分に理想ばっかり押し付けて、現実の何にもなれない自分に落胆する。毎日毎日アニメ見て寝てて何になれるのかわからない。頑張らずにだらけないってなんだろうか。そういうちょうどいい時もあったはずなのに、そんな時のこと忘れてしまう。好きなものとか好きなこととか、一生懸命になれるものもあるはずなんだけど、そういう場所からも逃げたくなるときがある。誰かの感性に飲み込まれるのが怖い。それだけ不安定なんだろうな。つながっているもの全部をなくしてしまいたくなったりもする。それはすごく抽象的で感覚的なことだから、ほんの些細な文学でファストフードみたいに済ませてしまえる欲望だ。生活の方が重要なのに、たまに気づけなくなる。何がしたいんだろう。誰かに依存してるからそんな風に思えるんだ。余計なこと考えてない時も、恋愛してないときも、ほとんどないくせに、自分だけはちゃんと考えてるなんて、思わない方がいい。

広告を非表示にする